『工場長ものがたり』 第32話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第32話
〜中小企業大学編〜  

石田クリーニングの しみぬき侍 清本のクリーニング修行のものがたり
はじまり はじまり〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私が 中小企業大学に通っていた この年 
アメリカで同時多発テロが発生しました。

飛行機がマンハッタンのビルに突っ込んだ という大事件です。


私のゼミの先生(京都の大学の経営学の教授)の息子さんが
ニューヨークで働いてて その惨状を間近で体験されたそうです。


先生も、心配になって ニューヨークに行かれたそうです。
先生が見た 変わり果てた 町の惨状。
先生から その話を聞いて・・・
本当に怖い事だと思いました。

私達の経済活動は 全て平和という前提の上に成り立っているんだ
という事を深く考えさせられました。


 

私は この中小企業大学校の時ほど
いろいろ 思考をめぐらせた時期はありませんでした。

現場の仕事から離れて ゆっくりと考える時間があったからなんです。


毎回の講義には それぞれ課題があって

自社の強み・弱み
外部環境変化への対応
決算書の読み方 分析の仕方
人材教育
クレーム対応
ディベート
マーケティング
問題解決・・・・

それぞれ 現場で作業をしながらだと なかなか落ち着いて考えられない
というよりも・・・

考えた事が無かったこと を じっくりと考える事が出来たんですね。


私は 全ての講義中 一瞬たりとも 居眠りをしませんでした。
(これは 自慢です)

ホントに
考えるのが楽しくって 居眠りをしているヒマがなかったんです(笑)


この授業がきっかけで これからのクリーニングには
安売り だけではなく品質(技術・接客・サービス)が
絶対に必要だ!

と 深く考えるようになったんです。

                       (つづく)

工場長ものがたり』 第31話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第31話
〜中小企業大学編〜  

石田クリーニングの しみぬき侍 清本のクリーニング修行のものがたり
はじまり はじまり〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

充実した授業のあとは・・・

これまた 充実したアフター5が待っていました(笑)



地元 松山にも繁華街がありますが
広島 流川の繁華街は スケールが違っていました。
(田舎モノの私には そう見えました)


『今日はどの店に行く?』
と 若旦那たち。


最初に おしゃれな居酒屋に行って、
2次会、3次会、4次会・・・


門限は あっという間に過ぎちゃってます。


彼らには いろんなお店に案内してもらいました。
(事情により この部分は割愛します 笑)

明け方 タクシーで寮に帰る。
当然 門限破りの ブラックリスト入りです。



入学の時に、

『大事に お使いや』
と 母親からもらった 5万円。

とっても嬉しくて、ありがたかった5万円。


一週間で使っちゃいました。
(不肖の息子で ごめんなさい)



帰社して 社長にこのことを話すと・・・
なんと! 会社で負担してくれたんですよ。

(ありがとうございます。助かりました)


でも お金持ちの2代目さんが多かったからなあ〜
私のようなサラリーマンがまともに 付き合っていたら

きりがありません。

と言うことで 
アフター5は 週に1回だけ お付き合いをすることにしました。

お給料をもらいながら
交際費も出してもらって
勉強をさせてもらえる。

こんな ありがたい会社は 他にはないんじゃないかなぁ?


この時 私は 真剣に勉強する事を決意ました。

                         (つづく)





『工場長ものがたり』 第30話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第30話
〜中小企業大学編〜  

石田クリーニングの しみぬき侍 清本のクリーニング修行のものがたり
はじまり はじまり〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

西田君が退社し、孤独感を覚えていた私を見て 社長は
中小企業大学校に入学させてくれた。

その大学校の授業で・・・

私は社長になったんですよ〜。
(と言っても 全員社長になったんですが)

自分で会社を作り 名前をつけて・・・ 
ボール紙を三角柱状に折って 看板を作りました。

私の会社の名前は
『清本エンタープライズ!』 (笑)

みんな 思い思いの名前をつけていました。

その看板を持って
同級生が 5〜6人ずつ 8グループに分かれ、
そのグループの中で商品を販売・生産するゲーム形式の講義でした。

1つ1つの グループがマーケット(市場)です。

材料に見立てた駒 生産機械に見立てた駒 お金に見立てたカード。
を使って 商品を作って販売するんです。


そこで、2期 経営活動をして決算書を作って
その実績で 順位をつけていきます。


次は2回戦です。 販売実績の上位の人を集めてグループを作って
ここでも2期 経営活動をしました。

決算後、またまた順位をつけて・・・・
さらに グループ分け。


最後にもう一度グループ分けをして 決勝戦。
私は この決勝戦のメンバーに選ばれたんですよ〜

とにかく たくさん仕入れて たくさん生産して たくさん販売したので・・

決勝戦でも 私はドンドン攻めていったんですよ〜。

薄利多売り そのものの経営スタイルでした。


私がマーケットに入ると 必ず市場が乱れるので 
『安売り王がいると 商売がしにくい!』
みんなに煙たがられちゃいました。

当時のクリーニングチェーン店は そういうスタイルが主流だったんです。
もちろん 石田クリーニングもそういうスタイルでした。

ですから私は そのやり方しか知らなかったんですね。

結局、販売数では 私がトップを獲得したのですが・・・
でも、決算をして利益を計算すると・・・

私の会社は 大赤字! (汗)

そのままゲームを続けてたら しばらくして・・・
清本エンタープライズは 倒産って事になってたかも知れません。

最優秀だった人は キッチリと安い材料を仕入れ キッチリといい値段で
販売を続けた 税理士君でした。


安売り王 は見た目は派手だけど・・・
実際は長続きはしないんだぁ〜 とつくづく感じさせられた講義でした。


『工場長ものがたり』 第29話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第29話
〜中小企業大学編〜  

石田クリーニングの しみぬき侍 清本のクリーニング修行のものがたり
はじまり はじまり〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
社命で 広島の中小企業大学校に通う事になった私は・・・

『とりあえず、仕事なんだから 絶対に居眠りだけはしないぞ!』
って 決めたんですね。

講義の内容が理解できる、できないは別として・・・
せめて、先生の顔をシッカリ見て 話を聞く事ぐらいはしなくっちゃね。

分からなくても 勉強に取り組む姿勢が大事なんですよね。
子供のころ 何かのマンガで そう読んだことがあります。

この学校の授業は 朝、9時半頃からまります。
普段の仕事では 6時半には出勤してたので・・・

普段と比べて ものすごく ゆっくりとした朝が過ごせるんです。

8時過ぎに 学食で朝食を食べて・・・
その後、コーヒーを飲みながら・・・新聞を読む。

同級生達と、テレビや新聞のニュースなんかを見ながら
とりとめもない話をする。


朝風呂に入って、部屋でくつろいで・・・
それで ようやく授業が始まるんですよ。


夕方も、5時前には授業が終わります。
でも、外は、まだまだ 明るいんです。

このアフター5の長いこと 長いこと。

最初の頃は、
寮にある 自転車を借りて、周辺の町の散策をしてたのですが

同級生達と仲良くなるにつれて・・・
夜の街に繰り出す事が 増えていくんですが それはもう少し後の
お話です。


近くにでっかいショッピングセンター(アルパーク)や
バッティングセンターなんかがあって、退屈はしませんでした。

そのバッティングセンターでは、プロ野球選手が投げるんですよ
(もちろんビデオですが・・)
当時、そんな所は松山には無かったんです。

そんなところに 都会を感じる私でした(笑)


さて、授業ですが・・・
本当に いろんな授業があったんですよ。

法律だとか、決算書の分析の仕方とか、
この頃から言われだしたキャッシュフローのことだとか・・・


実際に 自分で会社を作って、経営して、決算書を作って・・・
それを分析する っていう授業もあったんですよ。

これって、面白いもので、自分の会社の経営スタイルって言うか
方針が出るんですね。


私は、この授業で とっても目立ってしまうことになるんですが・・・
そのお話は また後日。
                            (つづく)


『工場長ものがたり』 第28話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第28話
〜中小企業大学編〜  

石田クリーニングの しみぬき侍 清本のクリーニング修行のものがたり
はじまり はじまり〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

社長命令で とんでもない所(レベルの高そうな 学校・・?)に
通うことになった私。

学校のある広島までは 遠いので・・・
前日(日曜日)の夕方 寮に入ったんですね。
この寮の設備が スゴかった!!!


全室個室で、大きなベットと机(勉強が出来るように?)で
トイレは全て『シャワートイレ』。

ビジネス書。専門書がずらっと並んだ図書館。
娯楽室には マッサージチェア。
大浴場完備。

ちょっとした ホテル並みの設備だったんです。


この時 私は生まれて初めて 『シャワートイレ』を体験したんですよ。
いいですねえ〜 あれは。

私は あたらしもの好きですから・・・
もちろん 男性には必要の無い機能も 試しちゃいましたよ(笑)


寮には学食があって おいしくて ボリュームのある食事が
しかも格安で食べられます。





さて、入学式が終わり・・・
懇親会が その 学食で始まりました。


最初はみんな 遠慮がちだったんですが、お酒が入ってくるうちに・・・
いろんな個性が見えてきたんですね。

どんな個性かというと・・・

材木屋の若社長。
(がっしりとした体格で 風格があり とても私と同い年には見えません)

建築屋の専務。
(最年少 22歳。小柄ながらも現場で鍛えた 腕っ節の強さは別格)

土木屋の専務。
(子煩悩で カーちゃんが怖い マスオさん。でも女好き)

土建やの若社長。
(『野獣伝説』を残す。門限破りの回数は ダントツ1位)

工作機械の卸問屋の若社長。
(田中建 似の色男。夜の街にはめっぽう詳しい)

ガソリン屋の若社長。
(パチンコ大好き。私と同じ 四国からの入学組)

衣類メーカーの若社長。
(一見マジメそうだが・・・ 結構 事情通)

産廃屋の若旦那。
(モー娘信者。自称『ギャルゲー』おたく。)

税理屋の社員。
(バンドのボーカル。エックスジャパンが歌える マジで上手い)

電気メーカーの会計係
(元教員。一見マジメを絵に書いようなマジメ人 でも・・・)

・・・・・などなど 

スゴイキャラクターの濃い 面子ばかり。

これから・・・
田舎者の私には 全く想像がつかなかったことばかりを 
体験する事になろうとは・・・

                         (つづく)


『工場長ものがたり』 第27話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第27話
〜中小企業大学編〜  

石田クリーニングの しみぬき侍 清本のクリーニング修行のものがたり
はじまり はじまり〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

西田君が去っていき・・・
なんとなく 仕事にやりがいを見出せないまま 仕事をしていた私に・・・
社長は勉強に行く事を命じたんです。


中小企業大学校 広島校
このとき 私が入学した学校です。

そこでは、
中小企業の従業員の教育のため、様々なカリキュラムがあるんですよ。

私が入学したコースは
『経営管理者養成コース』というコースでした。
企業の経営者・幹部などを育成するコースです。

この学校では、一番上級の 期間の長い、内容の濃いコースだったんです。
(そのぶん 授業料も・・・)


学校といっても、半年間 ずっと講義ってわけではなくて、

学校に通うのは 毎月1週間(月〜金)だけです。

一週間泊り込みで授業を受けて・・・
翌月の講義までの約3週間、会社に帰って 学んだ事を実践。


そして、実践した事をふまえて また講義・・・

というスタイルでした。


この頃の私は、管理職なんかじゃなかったんですが・・・
なぜか? 社長はこのコースに入学をさせてくれたんです。



もちろん松山から、広島まで通える訳はないので、
毎月 学校の寮に宿泊を することになるのですが・・・
(寮では 面白い話がたくさんあったんですが それは また後日・・・)



とにかく、不思議に思いながら入学式に行ったんです。
広島に行く前の晩、私の母親が心配してかどうか?
『有策 これ持っておいき。』
って5万円 持たせてくれました。

私は もうすぐ30歳になろうか と言うのに・・・(笑)
と 思いながらもありがたく頂戴したんですが・・


さて、入学式には 中国・四国地方から
約40名の学生が集まっていました。

平均年齢は ちょうどこの頃の私と同じ(30歳)くらいでした。
約7割位が会社の跡取りさん、後の3割が管理職と言う感じでした。


同級生達が自己紹介をしているのを聞いて 私は・・・
『こりゃあ〜 とんでもないとこに来てしもた。』
って思ったんです。よ。

だって、
私のように、社長に言われたから 訳も分からずに来てる 
って感じのヤツは いなかったんですから(笑)


みんなバリッと スーツを着こなしてて・・・
仕事が出来そうなヤツ はっかりに見えてたんですね〜
(実際は そんなことは・・・笑)


 
さてさて、これから どんな学生生活になるのやら・・・


                        (つづく)


『工場長ものがたり』 第26話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第26話
〜取次店開拓 実践編〜  〜別れ〜

石田クリーニングの やじさん きたさん。
清本 西田の珍道中の はじまり はじまり〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
思いつめた顔をして 転職の相談に来た西田君。

石田クリーニングの
『やじ・きたコンビ』解散の危機!!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

営業に出る機会が だんだんと 少なくなってきて・・・
工場での作業(ルーティンワーク)が多くなってきた。

そんなある日の事
西田君は、いつに無く真剣な顔をして 私のところに相談に来た。

『清本さん。どうもこの仕事は 自分には合ってないと思うんです。』

私が、
『ウチを辞めたとして どこか行くとこは あるんか?』 
と聞くと・・・

『実は旅行会社の社長が ウチで仕事をしないか?と誘ってくれているん
 です。ボクはツアーコンダクターの専門学校に行って、
 資格も持ってるから ぜひ、そっち(営業)の仕事がしたいんです。』

・・・・・。

彼は、本人も自覚しているように 営業の仕事の方が向いている。
工場での単純な作業の繰り返しでは きっと『やりがい』を見出せないの
かもしれない。

(この時、彼も私も まだ しみぬきなどの特殊技術は ほとんど 
 持っていなかった。その為工場内では 比較的単純な作業をしていた。)

『・・・そうか。西田君のことだから もう気持ちは決まっとるんやろ?』

『・・・ハイ。』


『分かった。社長には自分の口でキチンと説明せんといかんぞ。』
『分かりました。』


・・・・・
結局、次の月に西田君は退職する事になった。


本当は 社長も彼を置いておきたかったと思うのだが、

『来るものは拒まず。去るものは追わず。』
社長は一貫して そういう方針を取っている。


彼の退職は、会社にとっても、社長にとっても、 
そして何より 相棒を失った私にとっても 大きな痛手になった。


石田クリーニングも その後、しばらくは低迷を続けることになる。

私は、彼を失った喪失感を感じながら・・・
日々の仕事をこなしていった。

ルーティンの仕事(単純な仕事)の毎日だった。
この時 西田君と同じように 私自身も 
先の事が全く見えず、当然仕事に対する『やりがい』も 
あまり 感じていなかったように思う。




そんなある日の事。
私の机の上に 分厚い資料が置いてあった。

どうやら学校のパンフレットらしい。
表紙には
『中小企業大学校 ご入学の案内』
と書いてあった。

『中小企業大学校??? 何?』 


そんな 私を見てかどうか? 社長が置いたのだ。
『清本君 そこに入学して 勉強してくるか?』

                        (つづく)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この後、仕事をしながらも学生 といった貴重な体験をすることになる。
さて『中小企業大学校』とは どんな所なのか?
そこで私が学んだ事は?

『工場長ものがたり』   〜中小企業大学校編〜   につづく
  
                         お楽しみに〜

『工場長ものがたり』 第25話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第25話
〜取次店開拓 実践編〜

石田クリーニングの やじさん きたさん。
清本 西田の珍道中の はじまり はじまり〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この頃 クリーニング 冬の時代がやってきました。

四国には、バブルの波・不況の波も 遅れてやってくるんです。
都会に遅れる事 数年。

家計に対する クリーニング支出の割合が年々減少してきて・・・
全体的に少なくなった需要を 各お店が奪い合う。
クリーニング店淘汰の時代が やってきたんです。

店構え・接客・立地などの競争力の弱いお店は 売上げがどんどん下降線を
たどっていったのです。

この頃の一般的な取次ぎ店は その競争力が弱かったんです。

クリーニング取次店 冬の時代の到来でした。



そんな中 バリバリの店舗開発営業マン T氏の力をもってしても
なかなか お店が作れないように なってきたんですね。


そして・・・営業マンの宿命か・・・
仕事を取れなくなった T氏は去っていきました。

彼はその後 独立して 他の営業のお仕事を始められました。

一度街中で会ったのですが 
その時はタバコの自販機設置の営業をされてました。
お元気そうで 安心しました。



一流の営業マンでも そんな状態ですから、
当然 私と西田君なんかじゃ 新しいお店を
開発出来なくなってきたんです。

営業に出ても 空振りの事が多くなっていきました。

あんまり空振りが続くと・・・
なんとなく 営業に出にくくなってくるんですね。
周囲の人の目が気になってきて・・・
何より自分自身の気持ちが・・・なえてくるんです。

営業に出ても店を作れないのだったら 工場の仕事を手伝って欲しい!
自然と そんな雰囲気になってしまったんです。

だんだんと 私たちは 営業に出なく(出られなく)なっていったんです。


そんな ある日の事。

西田君が いつになく真剣な顔をして
『清本さん 実は 仕事を変わろうと思うんですが・・・』


                        (つづく)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
思いつめた顔をして 転職の相談に来た西田君。
はたして 石田クリーニングの
『やじ・きたコンビ』は どうなってしまうのか?? 

             〜『工場長ものがたり』 次回をお楽しみに〜             




『工場長ものがたり』 第24話

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第24話
〜取次店開拓 実践編〜

石田クリーニングの やじさん きたさん。
清本 西田の珍道中の はじまり はじまり〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

M&A(カッコ良く言うと・・笑)の席に 社長と同席させてもらった
私は、その話を聞いてて 思わず発言をしてしまった。

『社長! ココは重大な決断の時です。
 私は、この営業権買取は あまりにもリスクが大きすぎると思います。』

『確かに、手っ取り早く この売上げは魅力的です。
 でも、ウチにはT部長・私・西田君 3人の営業マンがおります。』

『地道に開拓をしていくほうが いいのではないでしょうか?』


(この時の私は 会社の経営の事や 経営状態など 
 全く知らなかったんですが 直感だけで発言をしてしまったんです。)

(『しまった! いらんこと ゆうてしもた〜。』)

しかし、社長はそんな私に 一瞬 満足げな顔を見せ こう言った。

『私も、清本君の言うとおりだと思う。
 今日 この場での決定は ひかえておきましょう。』

と、再検討をすることに なったんです。



帰りの車内、

『清本君、よう言った。わしもあの値段は高すぎると思ってたんぞ。
 まあ、あちらの社長の気持ちも 分からん事は無いけど、
 取次店がほとんどの あの店舗構成では 数年後どれだけ取次店が
 残っているかどうか 分からん。』

『取次店の時代は 終わりつつあるんぞ』

と社長。


『やっぱり? そう思ってたんですか?』
と私。

社長が、
『清本君。今がいいからと言って 贅沢をしたらいかんのぞ。
 あの社長も、景気がよかった時は 派手にしてたと
 かぜのうわさで 聞いたことがある。』

『もうかっとる時こそ 引き締めんといかんのぞ。
 じゃないと どうなるか 今日見たとおり。分かるよな?』

(どうやら社長は この事が言いたくて(見せたくて) 
 私をつれてきたのだろう)


結局、当社では買い取る事には ならなかったのですが、
社長の言ったとおり・・・

彼のお店で 数年後まで残った店舗は・・・
                    ご想像におまかせします。

世紀末 と騒がれていた この頃。
ようやく四国にも 取次店の冬の時代が来てたんです・・・



社長の決断で、致命的な危機は 回避することができたのですが・・・

もちろん、この冬の時代は 当社にも様々な影響を及ぼすことになった。


                           (つづく)





『工場長ものがたり』 第23話

  

この物語は 石田クリーニング松山工場 工場長の若き日の成長日記です
             (あっ、現在は常務になっちゃいました 笑)


『工場長ものがたり』 第23話
〜取次店開拓 実践編〜

石田クリーニングの やじさん きたさん。
清本 西田の珍道中の はじまり はじまり〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

都会では、とっくにバブルがはじけて 不況・不況と大騒ぎをしていた
にもかかわらず、
この頃の 石田クリーニングは出店ラッシュで 快進撃を続けていた。
さながら 遅れてやってきた バブル景気 のようだった。


そんなある日の事。
社長が
『清本君。今から 弁護士のとこに行くから 一緒に行こう。』

(弁護士??? 何で?)



弁護士事務所に入ると、応接室で 弁護士ともう一人、
40半ば位の男の人が 座って待っていた。

社長と私が 席に着くと・・・

弁護士が、
『営業権買取の件ですが・・・』
と 話を始めた。

私は、何が何やら分からないまま じっと話を聞いていた。



どうやら、この男性は○○さん というクリーニング屋さんで、
ウチに 彼の会社(営業権)を買い取って欲しい ということらしい。

彼のお店の 屋号を聞くと 私も知っている新鋭のチェーン店で
営業所も たくさんあるお店だった。

彼のお店はどんどん出店もしていたし、勢いのあるお店だと認識していた。
当時 一番勢いのあるお店たと 私は思っていた。
しかし、見た目とは違い 内情は全く違っていたのである。

どんどん出店していた時は良かったのだが、
出店のスピードが鈍るにつれて、資金繰りが悪化したらしい。

弁護士が、
『工場設備と、営業所○○店舗で これだけの売上げです。』
『○○さんの希望では △△万円で買い取って欲しい そうです。』

(△△万円!!! とてつもない金額だ!!)
と私は ビックリした。


社長が
『どうして その金額を算出したのですか?』
と聞くと

どうやら、その金額が 彼の会社の 負債の金額だったらしい。


社長・弁護士・○○さん 3人で
しばらく、話し合いが続いたが、結論は出そうに無い。



私は、話を聞きながら・・

(これは当社にとって 重大な決断の場だ。その席に私を連れてきた
 社長の真意は??)

と考えていた。
 

意を決して 私は言った。
『社長! ここは重要な決断の時です。』
『私は・・・・・・・・
                          (つづく)






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